卑しく姑息な文民の側
評論家 潮 匡人
「ものを言っただけで大騒ぎになり、職を辞さなければならないような時代はいわば暗黒の時代である。民主主義というのはお互いの考え方を述べて意見を戦わすことが原点である」(『鵬友』平成十六年七月号)。
航空幕僚長の職を解かれ退官した田母神俊雄氏は現役時代、部内誌でこう後輩に説いた。
残念ながら、氏は「暗黒の時代」が到来したことを、身を以って示すこととなった。
今日、田母神氏に理解を示す声は少ない。右の意味での「民主主義」もない。
国会も全会一致で参考人招致を決めた。
首相は解職を決め、官房長官や防衛大臣は退職金の「自主返納」を迫る。
マスコミ世論も冷たく厳しい。
当然の如く、十一月二日付朝日社説は
「空募長更迭−ぞっとする自衛官の暴走」と題して
「こんなゆがんだ考えの持ち主が、こともあろうに自衛隊組織のトップにいたとは。
駕き、あきれ、そして心胆が寒くなるような事件である」と断罪した。
同日付読売社説も
「空幕長更迭 立場忘れた軽率な論文発表」と題して
「航空自衛隊のトップという立場を忘れた、極めて軽率な行為だ」と非難した。
全国紙では産経新聞だけが同日付社説欄で「空自トップ更迭 歴史観封じてはならない」と題した「主張」を掲げたが、その産経にすら「空幕長論文の正しさ・つたなさ」と題した批判的見解が掲載された(十一月七日付「正論」欄・櫻田淳氏)。
櫻田氏は「『田母神論稿』では、何故、歴史認識の開陳が行われたのであろうか。
こうした歴史認識の開陳は、政治(活動)家や歴史家、あるいは思想家ならば手掛けるかもしれないけれども、航空軍事組織の総帥としての職務とは、全く関係のないものである」と疑問を呈したが、為にする批判であろう。
問題となったのは「『真の近現代史観』懸賞論文」への投稿である。
「真の近現代史観」を論じるのは当然である。
みな、その前提を忘れている。
そもそも、もし入選していなければ、何の騒ぎも起きなかった。
事実、当人が記者会見で「まさか、私が優秀論文に入賞するとは夢にも思っていませんでした」と明かした。田母神氏の行動を「確信犯」と論じる向きが少なくないが、以上の理由からも妥当でない。
だが、謀略説が大好きなマスコミ世論は、そう考えない。
例えば、「南京(虐殺)問題」で「中間派」を名乗る秦郁彦氏(元日本大学教授)は田岡俊次氏(元朝日新聞編集委員)との対談で「出来レース」と揶揄中傷した(「週刊朝日」十一月二十八日号)。だが、それは下司の勘ぐりである。
確証もある。そもそも今回の審査は覆面方式で実施された。
各審査委員には「名前も性別も肩書もなく、ただ論文だけが送られてきた」(渡部昇一「ウィル」後出)。である以上、「出来レース」となる余地はない。
にもかかわらず、「出来レース」云々の、それこそ「謀略史観」が生まれたのは、以下の経緯があるからであろう。
「もう一人の審査委員だった中山泰秀衆院議員(論文募集の開始当時、外務政務官)は秘書を審査会に出席させた。
自身が出席できないのであれば審査委員を辞退すればいいと思っていたのだが、案の定、この秘書は
『自分は田母神論文に零点をつけた』と公言した。
この秘書の真っ赤なウソによって、審査経過に疑問が持たれることになってしまった。
田母神氏の最優秀賞が工作によって仕組まれたものではないか、という見方を広めてしまったのだ」(「花岡信昭メールマガジン」六五一号・十一月十一日付)。
中山代議士も「文民」の一人である。
今回、田母神氏がとった一連の行動と比較すれば、卑しく姑息なのは、むしろ文民の側ではないだろうか。
田母神氏は終始、堂々としている。月刊「ウィル」一月号掲載の「独占手記」に私は讃辞を惜しまない。問題視された投稿論文の末尾を田母神氏はこう締めた。
「私たちは輝かしい日本の歴史を取り戻さなければならない。歴史を抹殺された国家は衰退の一途を辿るのみである」。
日本国は今後「衰退の一途を辿る」。
拙著新刊のタイトルを借れば、
『やがて日本は世界で「80番目」の国に堕ちる』
(PHP研究所)。
田母神閣下が「暗黒の時代」の到来を身を以って示したごとく、田母神論文の主張の正しさを、「歴史を抹殺された国家の衰退」を、今後、日本は身を以って示すに違いない。
(元三等空佐)
●Takashi
田母神氏のおかげで、コミンテルンを否定する「似非保守」が炙り出されましたね。
応援クリックよろしくお願いします。
人気blogランキングへ(携帯用)
沖縄県民斯ク戦ヘリ動画掲示板
沖縄県民斯ク戦ヘリ(てぃーだ)もよろしく!
国民が知らない反日の実態 民主党の正体








![戦友 [名もなき勇者たち]](http://images.amazon.com/images/P/4890632271.09.MZZZZZZZ.jpg)



