五輪聖火リレー妨害で逮捕されたタシ・ツェリン氏に聞く
取調べの警察官も好意的
長野で北京五輪の聖火リレーが行なわれた四月二十六日、聖火リレーに抗議して卓球の福原愛選手の前に出ようとして威力業務妨害罪で二十日間の拘留の後、五十万円の罰金を払って釈放されたチベット人、タシ・ツェリンさん(42)に台湾・台北市内でインタビューした。

タシ・ツェリン氏
聞き手は本紙・山田智美記者。
●Takashi
続きは=追記=を押してください。
山田 この度は二十日間の拘留という厳しい処置を受け、大変でしたね。
体調の方はいかがですか。
ご家族のいらっしゃるインドへ帰られるお忙しい最中に、小紙のインタビューをお受け下さって有難うございます。
タシ・ツユリン氏 五キロ痩せましたけど、大丈夫です。
私は今回、日本の方々に大変お世話になりました。
そして警察関係者にも多大な御迷惑をおかけしました。
当初、私は日本へ聖火リレーへの抗議活動に行くつもりはありませんでした。
五月十九日にバンコクでの抗議活動に参加して、翌日に台湾に戻りましたが、二十一日の晩、マレーシアで日本人夫婦が
チベット国旗を掲げて聖火リレーに抗議したため
拘束(注・実際には保護)されたとのニュースをテレビで見ました。
このことを知って、絶対日本へ行く、
日本の支持者と一緒に抗議する、
と心に決めて、二十五日に成田空港へ降り立ちました。
翌日のリレー当日、善光寺で行われたチベット弾圧の犠牲者の追悼法要に参加しました。
法要には日本人や在日チベット人が大勢参列しました。
私は両親がインドに亡命した後に生まれたので、チベットには一度も行ったことがないのですが、まるでチベットに来たような気持になりました。
法要が終わって、リレーが始まるので抗議するためにお寺の外へ出てみると、
中国人の応援団がチベットの雪山獅子旗を持っているチベット支持者達に
暴力行為を働いているのです。
そして、リレー走者が通る沿道で私が
「ダライ・ラマ法王万歳」
と叫んだら、中国人が
「ダライ・ラマは気違いだ」
と罵るので、私は急に父がチベットで死刑判決を受けたこと、
両親が一九五九年にインドに逃れたことや一切のことが思い出されて、
衝動を抑えることができず、気がついたら前に飛び出していたのです。
山田 タシさんはすぐにその場で警官に取り押さえられ、威力業務妨害容疑ということで二十日間も拘留され尋問を受け続けることになりましたね。
タシ・ツユリン氏 拘留された二十日間については何も文句はありません。
全ての国に法律があり、私は日本の法律に背いて罪を犯したのです。
日本の政府、警察に迷惑をかけ、本当に悪いと思っています。
何か不当な扱いを受けたとかそういう気持は全くありません。
山田 警察の取り調べではどのようなことを聞かれましたか。
タシ・ツユリン氏 警察は私がテロリストではないかと疑っていたようです。
私が台湾支部副主席を努めるチベット青年会議について、テロ組織ではないかと再三聞かれました。
山田 国際的なチベット支援組織であるチベット青年会議のことを、中国政府はテロ組織であると断定し、さまざまなデマを流布しています。
タシ・ツユリン氏 チベット青年会議がテロを行うなど絶対にあり得ないことです。
私達はダライ・ラマ法王のお話を大切に聞きます。
ダライ・ラマ法王は暴力に断乎反対しており、絶対平和を唱えています。
私達チベット人に絶対にテロなどさせません。
チベットには何もないのに、全世界がチベットを助けてくれるのは何故か。
それはダライ・ラマ法王が平和の象徴だからです。
だから私は取調べ官に言いました。
自分はダライ・ラマ法王に誓って一生テロなどはしないと。
そして胡錦濤中国国家主席が来日した頃は、もっと大勢で来たのではないかと何度も聞かれました。
私は怒りました。
信じるかどうかは貴方の決めることだ、もし本当に私の他に誰か連れがいたなら私は死んでみせますと言いました。
その後、この質問はしなくなりました。
詳しい調査をすることは当たり前で、これは警察の義務でしょう。
ですが私は仏教徒で、人の命を奪うことは考えられないどころか、
これまで喧嘩さえしたことがない。
ですからテロリストと疑われたことは悲しかった。
ただ抗議という手段をもって自分の国のために闘っている。
これは自分の権利です。
また、三年の刑になるかもしれないと言われましたけれど、まさかそんな重い罪を犯したとは思えないし、長くて三カ月くらいではないかと思っていました。
日本の警察の取調べは厳しいが、これだけ詳しく調査するのだから自分の身の潔白もやがて明らかになるだろうと内心思っていたのです。
山田 あの日、実際に暴力をふるった中国人は一人も逮捕されず、タシさんだけが二十日間の拘留と五十万円の罰金という厳罰を受けたことは不当で、
日本国民として申し訳なく思います。
タシ・ツユリン氏 そこにいるのならそこの法に従えという意味のチベットの諺があります。
私は日本の法律を犯したのだから、処罰を受けるのは当たり前のことです。
拘留期間中に面会を許されたのは私の弁護を務めてくれた米山弁護士と台北駐日経済文化代表處の方だけで、日本のダライ・ラマ法王事務所側との面会は許されませんでした。
米山弁護士は無償で弁護をして下さり、大変感謝しております。
また、台北駐日経済文化代表處も大変親身になってお世話してくれました。
罰金の五十万円は支援者の方々から寄せていただいた義捐金七十八万円の中から払うことができました。
本当に感謝しています。
そのほかは残りの滞在費や帰りの飛行機代に当てました。
拘置所を出る時、警察官から
分厚い手紙の束を渡されました。
それは、私が拘留されている時に
日本の支援者が寄せてくれた激励の手紙で、
百通以上ありました。
それを見た時、私は涙が溢れて
止まりませんでした。
私は今回、たった一人で初めての日本へ行ったけれども、
台湾に帰ってきた時は一人ではなかった。
大勢の日本の友人が自分と共にいるという感じがしました。
この感謝の気持を私は台湾でも伝えましたし、
ダライ・ラマ法王にも報告します。
かつて独立国家だったチベットを中国が侵略した。
この真実を日本人は支持しているのだと信じています。
また日本に行けるのなら、行ってチベットのことを伝えたい。
今度は抗議活動ではなくて(笑)。
山田 チベットからインドへ逃れたご両親のことについて教えて下さい。
タシ・ツユリン氏 両親はネパールに隣接したチベット西都に住んでいました。
父の名はカルマ、母の名はドルマといいます。
一九五九年三月十日にラサ決起が起きるのですが、同時期に父は反政府活動をしたという容疑で中国当局に拘束されました。
刑務所では週に一度、手足を縛られて座らされ、その周りを
親戚が囲んで罵声を浴びせたり、殴ったりする。
親戚も当局にそうするよう命じられているのです。
そして、死刑を宣告されると、一息に処刑されるのではなく
鼻や耳などを一つ一つ削がれ、
ゆっくりと死に至らしめられる。
このように残虐に扱われた人のことを父はその目で見てきました。
私の兄も姉も当局によって殺されました。
遂に、父にも死刑判決が下って、いつ殺されるかという時、父は窓から飛び降りて脱走に成功し、母とお寺に預けていた当時七歳の私の兄を連れて、ネパールを経由してインドへ逃れました。
昼間は身を潜め、夜を徹して二週間歩き続けたといいます。
今でこそ、インドのダラムサラに辿り着いた亡命チベット人にはチベット亡命政府によって食べ物や寝る場所などが与えられますが、両親が亡命した当時はダライ・ラマ法王が亡命されて間むなくの頃で、何もない、ゼロの状態でしたから、仕事を求めて地方へ移り住みました。
それからは、食べていくのに大変な苦労をして貧しい生活を送りました。チベットにいつか戻るのだと夢見ていた父も五年前に、母はそれ以前に亡くなりました。父は私にチベット人としてのアイデンティティを持ち続けるようにと、チベット語や仏教などを教育してくれました。
山田 拘束されているチベット人や反政府活動家への中国共産党による非人間的な残酷な仕打ちは何ら改善されていません。
このような国が五輪を開催するなど、
平和の祭典とは全く矛盾しています。
タシ・ツユリン氏 四川で大地震が起きて、大勢の人が被災しているのにまだ聖火リレーだとか何とかやっている。早く被災者を救出することの方が先決のはずなのに。
山田 タシさんは現在、台湾国籍を取得して台湾で暮らしていますが、台湾人のチベットに対する認識はどのようなものですか。
タシ・ツユリン氏 インドで仕事がないので、私は一九九八年に台湾に渡りました。骨董商を営むかたわら、在台チベット人やチベット支持の台湾人の友人達と共にチベット問題を訴える活動をしています。
国民党は、中共のチベット侵略以前からチベットは中国(中華民国)の一部だと主張していますから、チベット亡命政府と国民党政権の台湾とはあまり関係がよくなかった。
ですが、一九九七年季登輝総統の時、ダライ・ラマ法王が初めて訪台し面会しました。そして台湾に亡命政府の出先機関であるダライ・ラマ・チベット宗教基金会が設けられました。民進党の陳水扁政権の時にもダライ・ラマ法王は訪台を果たしています。
ただ、ここ数年は台湾側から法王に訪台要請がなく、また、馬英九・新総統の国民党政権に変わりましたから、招請されることはないかもしれません。
台湾人は愛のある人達ですね。台湾独立派の人達は「西蔵独立」と言って私達を支持してくれますが、国民党の人達や国民党の歴史を鵜呑みにしている人達も、「蔵胞」「同胞」等と言って友好的です。ただ、私達は蔵胞とか同胞とか言われることには、チベットは中国の一部であるという前提の上での言葉なので、抵抗があります。また、西蔵も中国側の呼称であって、最近、台湾内でも「チベット」を音訳した「圖博(トウボー)」という表記を使い始めました。
山田 一九九七年の李登輝総統とダライ・ラマ法王の世紀の面会のことはよく覚えています。中国が物凄い剣幕でダライ・ラマ法王の台湾入りと李総統との面会を牽制していたのですが、中国が最も嫌う二人がついに言葉を交わし友人になったのですね。
中国がノーベル平和賞受賞者のダライ・ラマ法王と、かたやノーベル平和賞の候補者とも取り沙汰された李登輝総統という国際的に高く評価されている二人を悪魔だ何だと騒いでいるのは何とも滑稽で皮肉だなと思ったものです。
法王と面会した李氏は「我々台湾人はチベットの悲劇に学ばなければならない」と言いました。更に陳水扁政権の時の二〇〇一年に法王が訪台した時は、国賓級の扱いで総統始め政府首脳と面会し、二〇〇三年には台湾チベット基金会が設置されました。ただ蒙蔵委員会はまだ現存していますけど。それから、ダライ・ラマ法王が台北と高雄のスタジアムで行った法会に多くの人が詰めかけ「ダライ・ラマ旋風」が起きて驚きました。
タシ・ツユリン氏 多くの台湾人がチベットを支持してくれているし、また、漢民族の多い台湾から私達チベット人も多くのことを学べます。
山田 チベット青年会議のメンバーが十年前、インドで抗議の焼身自殺をするという痛ましい事件がありました。これはチベット青年会議の活動の一環だったのでしょうか。
チベット青年会議はチベット独立を目標に掲げていますが、ダライ・ラマ法王の求める高度な自治の確立と方向が相反しませんか。
タシ・ツユリン氏 これはチベット人以外には理解しにくいことですが、私達チベット人は何をおいてもダライ・ラマ法王の御意向に忠実です。
ですから私達はいつでもダライ・ラマ法王の仰ることに従う。
暴力を絶対に用いないということです。
ダライ・ラマ法王が独立を放棄し高度な自治を求めているのは、これ以上チベット人が殺され続けるのを防ぐためでないかと思います。
法王は
「私が独立ではなくて高度な自治を求めると言っていることは、
世界中の皆さんは知っているようだが、
どうも胡錦濤主席の耳にだけは聞こえないようだ」
と冗談を言っています。
それと、焼身自殺事件ですが、あれはインド軍を退役したあるメンバーが自発的に行った行動で、チベット青年会議の運動方針としてそのようなことをすることはありません。
あのメンバーも、どうにも気持を抑え切れなくて、あのような悲壮な行動に走ったのです。
山田 今後、どのような活動をしていきますか。
タシ・ツユリン氏 この三月に始まったチベット騒乱で多くのチベット人が犠牲になり悲痛な気持ですが、ただ、一つの希望も見えました。それは、ダライ・ラマ法王を直接知らない、いわば中国共産党に育てられてきた若い世代が、チベット人としてのアイデンティティを失うことなく、自らの命を投げ打ってまでも民族、国のために立ち上がったことです。
誰も自分の祖国が嫌いであるわけがないでしょう。
チベットの若い人々がチベットを忘れていないことを、とても誇りに思います。
一人では何もできないけれど、後に続く者がいることを信じ、国のために私は一生闘い続けます。「チベットを忘れてはいけない」と繰り返し教えてくれた父の夢を果たすためにも。
山田 今日は有難うございました。
チベットの真実を日本人に伝えるため、タシさんが再び日本の地を踏めますよう、そして一日も早くチベットに平和が訪れることをお祈りしています。
≪取材後記≫
祖国の現状を訴え、「フリーチベット!」と叫んだがために、二十日間という長期拘留と最高額五十万円の罰金という不当ともいえる厳罰を科せられて台湾に帰国したタシさんは、
日本を少しも恨んでいなかった。
拘留されていた長野中央署では、取調べも冷静で高圧的ではなく、また、
多くの警察官がタシさんに好意的だったという。
「日本の皆さんに知ってほしいことは、
私達チベット人は絶対に暴力を使わないということです。
もし私が拳銃を渡されて、縛られている十人の中国人の前に連れて行かれ、
殺したら独立させてやる、と中国政府に言われても
私は絶対に人殺しはしない。
そんなことをするくらいなら、チベットはこのまま苦しいままでいい。
それが我々のカルマ(業)なのだから」
と言ったタシさんの言葉が印象に残る。
チベット仏教徒としてダライ・ラマ法王の非暴力精神に徹底的に忠実な
心優しき勇者の姿を見た。
●Takashi
なぜチベット人は戦わないのか?なぜダライ・ラマ法王は独立を放棄したのか?なぜ戦うよう指導しないのか?
そう思う方もいるでしょう。
ダライ・ラマ法王が戦え!と仰れば、チベット人は絶滅するまで戦うでしょう。中共もそれを望んでいます。
タシさんが仰るように「ダライ・ラマ法王が独立を放棄し高度な自治を求めているのは、これ以上チベット人が殺され続けるのを防ぐため」だと私も思います。
ダライ・ラマ法王の教えに従って行けば、何れ独立する日が来ると私は信じています。
タシさんは勇者だ!と思う方は応援クリックお願いします。
タシさんは勇者だ!と思う方は応援クリックお願いします。國民新聞の普及にご協力お願いします。

「ダライ・ラマ法王万歳」







![戦友 [名もなき勇者たち]](http://ecx.images-amazon.com/images/I/51G2AEAS7NL._SL160_.jpg)





