世界は腹黒い

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第19160号 國民新聞 平成22年12月25日(土曜日)

山口富永著 国民新聞社刊
近衛上奏文と皇道派

近衛上奏文の存在を知ったのは、竹山道雄「昭和の精神史」(昭和三十一年刊)の中にあの有名な
<所謂右翼は国体の衣を着けたる共産主義なり>
を含む眼目の部分が引用されてゐるのを読んだ時である。

その引用部分だけを読んでも、「自分は瞞されてゐた」との近衛の後悔と反省の念は伝わってきたが、やがて各種の文献の中にその全文が重要な資料として掲載される様になった。

それを読むと、近衛に向けての若干の同情と憐憫の念を覚えないでもないが、やはり国政をあづかる責任者としての不明と、謀略に対するあまりの不用心を詰まりたい気持ちの方が強い。

そこで山口氏のこの標題を持つ国民新聞への連載も毎回興味深く読んでゐた。

氏の研究には、二・二六事件についての従来の史論が揃って悪評を並べてきた皇道派の眞崎甚三郎大将の雪冤と名誉回復の意向が十分の説得力を以て展開されてゐて共感を呼ぶが、重点はやはり、三田村武夫の名著「大東亜戦争とスターリンの謀略」と方向を同じくする共産主義の謀略工作への告発であらう。

日本人は概して謀略を忌み嫌ふが故に、自ら近衛の如く謀略に陥り易いと同時に歴史を決定する要素としての謀略をもとかく軽く見ようとする。

所謂陰謀史観と呼ばれる歴史の解釈を意識して避けようとする傾向がある。

だがコミンテルンだけではない、その敵対陣営に於いても亦、深浅大小様々の尺度で世界を動かしてゐるのは野心家共の謀略である。

世界は腹黒い謀略に充満してゐる。

それを直視する勇気をもたぬものはつまり謀略に支配される。

そんな警告が行間からひびき出てくる様な注目すべき労作である。
評・小堀桂一郎東京大学名誉教授



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近衛上奏文と皇道派  2011.01.25

近衛上奏文と皇道派(三)

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第19122号 國民新聞 平成19年3月10日(土曜日)
近衛上奏文と皇道派(三)
二・二六事件研究家 山口富永

牧野伸顕伯を通じて、真崎勝次氏(海軍少将のち代議士)が「支那事変に関する所見」の奉呈文を昭和天皇に上奏したのは昭和十二年八月であるが、昭和十年十月、兄甚三郎大将に、国政改造についてまとめた意見書がある。

甚三郎大将の思想を示すものとしても注目すべきものとしてここに抄出する。

一読して、二・二六事件を起こした青年将校のそれと異なる次元のものであることを知ることができる。

まず、基本的なものとして、

「現時、我国策第一の基調は、外交上にていはゆる乗りかけたる船を堂々彼岸に案着せしむるにあるべし」

とし、その手段は

「これを戦争に求めざるを理想とす。

否、今日世界が大戦争の惨禍に懲りある秋、我独り好戦的態度に出て、全世界を挙げて敵となしつつ孤立せる戦争の惨禍を我国家国民に負担せしむるは、必ずしも策の得なるものに非らず」

と、中国、世界への覇権確立は考えぬとして、国民に戦争の苦を嘗めさせぬことを強調している。

しかし、

「帝国の存立上やむなき時には戦争も仕方ないが、外交上勝利するため戦ひに勝ち得る用意を完成せよ。口先だけの外交は不可」とも述べている。

殊に予想敵国の中国、ソ連邦の武力、思想、経済、外交の一糸乱れぬ組織と、その世界赤化の理想への邁進は「真に恐るべきもの」と警告している。

翻って国内に於ける左翼の横行と、右翼の跳梁を厳に戒め、この現状に対して、政党も財閥も目をおおって否定することによって真の愛国者の言を封殺していると言い、加えて汚職の盛行が政府の権威を貶めていると嘆き、

「敵国はこの実状を見て、戦備の欠点を知つて、ひそかによろこんでゐる」という。

また、この意見書の中で、真崎大将は「ファッショ」は我国体上排撃すべきものとして、真の日本精神によるところの国家体制を次のように述べている。

「陸海軍ともに緊密な関係を結び、互ひに信頼関係ある実質的な力のある強力内閣を、信望と勇気のある人によつて組織し、それによつて文武一致した新内閣の出現を望んでゐる」と。

十年後の昭和二十年を予言している感をもつ。

戦時中、鳩山一郎氏の側にいた政治評論家の山浦貫一氏が戦後になって語ったものに、「自分は畏友岩淵辰雄から真崎はファッショではないよ、といわれ、会ってみて、初めて岩淵のいう通りであることを知った」というのがある。

この鳩山氏も、戦中、真崎に会った感想を「真崎という人は、思ったよりもリアルの人であった」と言っている。

近衛公の真崎観は「真崎という人はなかなか魅力のある人だね」と岩淵辰雄に語ったという。

真崎甚三郎という人物を知る上の参考になるこれらの人々の談話である。

つい最近、出版された『盗聴二・二六事件』(文藝春秋社刊)の著者中田整一氏は昭和六十三年ころ、NHKのプロデューサーとして「その時歴史は動いた」のシリーズの中で「二・二六消された真実」を制作した人物である。

「今度は真崎大将に焦点をあててみたいと思う」という意図の下にノンフィクション作家澤地久枝氏と協力して、二・二六事件におけるまっ黒い真崎像を演出した。

これについて、筆者は国民新聞社刊の『二・二六事件の偽史を撃つ』に反論を書いた。

岩波新書の『二・二六事件』の著者高橋正衛氏も、「二・二六の真崎首謀鋭は、憶測で書いたものである」と筆者との対談で言ったことをここに重ねて述べておく。

二・二六事件の謎とされるものは、延々として七十余年すぎていまも語られ、書かれている。

より真実を求めるためのものとして良いかも知れぬけど、予見と予断の上に立って史料を用いる態度は、より真実を求めることに逆行することだ。

筆者は二・二六事件の中の個々の謎ということよりも、二・二六事件そのものが謎であるとの立場をとる。

軍中枢の幕僚クラスの統制派のカウンタークーデターの陰謀に、隊付青年将校らが乗せられたと総括、確信している。

真崎大将には、二・二六事件で収監される直前に執筆した「現世相に関する特別備忘録」がある。

その中で、二・二六事件は青年将校の智力が乏しく、幕僚の策動に乗ぜられたものと判断している。

三月事件、十月事件、十一月士官学校事件、教育総監非常更迭事件を画策した反真崎勢力の統制派の謀略の上に事件は起こされたと思える。ここに、これを思わす一つの証言を述べる。

事件当日、陸相官邸に向かう車の中での金子桂憲兵の話である。

それは、車が高橋是清大蔵大臣私邸前の踏み荒らされた雪中の足跡を見た大将は、

「これは赤の仕業だ」と言ったという。

大将の直感である。

この金子憲兵は定訳となっている真崎大将の青年将校への、「お前たちの気持ちは分かっている」ということについて、「大将はそんなことを言ったのではない。何という馬鹿なことをやったのだ」と叱りつけたと証言している。

この事実を上司の大谷敬二隊長に報告しておいたが、全部削除されてしまったという。

事件後の裁判で、真崎大将と対決した磯部浅一が入廷するや狂気のようになって

「閣下、とうとう彼等の術中に陥りました」
と叫んだことも、すでに世に知られている。

これらの証言が、いわゆる進歩的文化人という人々に認めさせることこそ昭和史の真の解明となるであろう。

Takashi

※近衛上奏文と皇道派(一) ・ (二)からの続きです。

「近衛上奏文と皇道派」を読み続けていけば確信します!
二・二六事件を仕組んだのは「共産主義者」です!

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近衛上奏文と皇道派  2009.03.11

近衛上奏文と皇道派(二)

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第19121号 國民新聞 平成19年2月10日(土曜日)1、2月合併号
近衛上奏文と皇道派(二)
二・二六事件研究家 山口富永

ユン・チアン共著『マオ』の三百四十六頁に、支那事変について、毛沢東が語った本心とされる一節が記録されている。

毛思想をもって現在も一党独裁政権を維持している中共の指導者らは、これをどのように、日本が中国を侵略したと言い切っていることについて説明するであろうか。

日本共産党も、あの戦争に反対した者は、共産党だけだった、と言っているがこれもどう説明するであろうか。

『マオ』によると、毛沢東は側近達との会話で、「蒋介石と日本とわれわれは三国志だな」と語っている。

つまりこの戦争を三つ巴の争いと見たのである。

毛沢東にとって、抗日戦争は日本の力を利用して蒋介石を滅ぼすチャンスだった。

後年、毛沢東は日本が「大いに手を貸してくれたこと」に対して一度ならず感謝の言葉を口にしている。

戦後、訪中した日本の政治家たちが過去の侵略に対して陳謝すると、毛沢東は

「いや彼らが中国を広く占領しなかったならば、われわれは現在もまだ山の中にいたでしょう」と。

日本が中国、当時の支那と支那事変を起こす発端となった昭和十二年七月七日北支の盧溝橋事件は戦後になって、少なからぬ人達によって、バウロといわれた毛沢東の率いる共産軍の挑発に、日本が乗ってしまったものであるとの検証がなされた。

『マオ』はこの検証を更に裏付けるものといってよいであろう。

筆者も昭和五十年来、機会あるたびに、このことを言い、書き続けた一人でもある。

満洲事変から支那事変に突入していく中で、軍の中枢部に共産分子がいたことを明らかにしようとして微力ながらも、筆者なりの努力をしてきた。

日本が支那と四年間も戦争をしていて、行き先の見えない泥沼に足を踏み入れてしまった末に、米英、ひいては世界を相手とせねばならない南進に転じていった陰にあったものは、今となってみれば、スターリン、毛沢東の手先として日本で暗躍していたゾルゲ、尾崎秀實らの政治工作があったわけである。

昭和十七年、ゾルゲと共にスパイとして処刑された尾崎が最後に言ったことは

「日本を日米戦争までもっていけば、わが任は終った」ということであった。

もって知る可きであろう。また、盧溝橋事件の起こった報告を受けた毛沢東は、同志と共にわが事成れりと狂喜したという。

南進そして対米戦争、日本の敗戦へと誘導したスターリンの謀略に、当時の陸軍の統制派の指導者は乗ってしまったわけである。

ここで支那事変に対して反主流の立場におかれていたいわゆる皇道派の将軍たちがいかに見ていたか、一例として真崎勝次海軍少将(代議士)氏の昭和十二年八月、すなわち事変勃発の一カ月後に、牧野伸顕内大臣を通して陛下に奉呈した上奏文を紹介したい。

真崎勝次氏は甚三郎大将の実弟である。

まず、氏は「支那事変に対する所見」として、
(一)動機の不純不明なることを挙げている。


「いやしくも我が皇軍を発動せしむるには必ずや、万人の認めて以つて公憤を発するに足る正々堂々たる大義名分明らかならざるべからず。

然るに今回の事変の動機は、一般人民はもとより知識階級否要路の士と雖も、極めて特殊の人を除いては其の真因を承知するもの少なく、又、直接の原因と称する盧溝橋事件の如きも、巷間既に各種の風説ありて当局の説明を信ぜず」と。

次に(二)支那の内情観察について、

「支那浪人並びに陰謀幕僚群の支那に対する観察(海軍も同様なり)は、蒋政権下の国民党政府さへ討伐すれば、本事件は全く解決するが如く思惟し、一、二ケ月経てば真に膺懲の目的を達し得るが如く安買いし、大言壮語して国民を煽りあるも、支那の実状は、決して然らず。

抗日意識も亦、徹底し既に前回の満洲事変に際しても日本征伐の計画あり。

又一方帝政権崩壊するも(実際には中々倒れずという)少なくも蒋同様の赤色政府樹立せられ人民戦線的に持久策を講ずべく、この間又、列強の支援操縦するありて、其の節決は当局並びに陰謀幕僚群の考へる如く簡単ならざるべし」。

この見方は全く兄・甚三郎のそれであることは当然であろうが、真崎大将は二・二六事件を奇貨とし、青年将校を煽動したという反乱幇助の容疑者として、宇田川の陸軍刑務所に収監されていたのである。

ちなみに支那事変に際して参内した杉山陸軍大臣が、陛下にどの位で片付くのかとの御下問に対して「三カ月もあれば」と奉答しているのと対比してみるとよいであろう。

最後に「国内事情」を次のように述べている。

「国内は三見挙国一致、愛国心に燃ゆるが如くなるも詳細に実情を調査すれば、必ずしも楽観を許さず、既に物価騰貴による跛行的景気の為、一部の人民は糊口にさへ窮して不平を漏らし、又、共産党の地下運動員優に一百万を算し(憲兵隊調査)、慰問袋にさへ宣伝文を封入しその成行きは軽視あたはざるものあり」と、そして、「本事変は国家危急存亡に関はることとして・・・これ以上一部の陰謀群に引きずられて権力者の統制きかず、国家の実力、軍の実力を算せず、又、支那の実情を誤認し、列強の肚を読みえず、何事の定見成案もなく、盲進長躯せば、身を抜き差しならぬ泥中に没し、立ち往生の姿勢に陥りたる時に、列強の袋叩きに会ひ、光輝ある皇国の前途に不安低迷するに到ることは、火を見るよりも明らかなり」と述べている。

戦後の日本を見通した見識といってよいであろう。

この奉呈文がニ・ニ六事件の青年将校に狙われた牧野伸顕伯を通して、陛下に上奏されたことは真崎大将と事件との関係を知る上にも、新しいヒントとなろう。

戦時中、元社会大衆党の西尾末広氏は東條反対勢力の一人であったが、鳩山一郎、中野正剛、三木武吉らも入った会で、水谷長三郎、三田村武夫、笹川良一らと運動を進めたことを回想録で述べているが、「真崎勝次を中心に、三田村と私(西尾)が専ら作戦計画を進めた」という。(有馬学著『帝国の昭和』)。

真崎勝次氏は二・ニ六事件の直後に青年将校に激励の電報を打ったという捏造した無実の罪を着せられ、大湊要港司令官から予備役に編入され十七年四月、佐賀県から衆議院に選出されたのである。

統制派は陸軍から真崎大将を、海軍から弟の勝次少将を追放したのであった。

ともあれ、筆者はこの勝次氏の奉呈又は、それから八年後に近衛公が上奏した前述の上奏文と一貫した流れの上にあるものとして、昭和史の研究に資したいと思う。

前出の半藤一利氏は「もし二・二六事件が成功したとしたら、どうなったでしょうか」との問いに対して、「青年将校が指導者と仰いだ荒木も、真崎も対ソ戦を主張しており、ソ連と戦争になったでしょう。そして結果は、もっと惨たんたるものになったでしょう」(「読売新聞」平成十八年一月二十日付)と言っている。

何を根拠にしてこのように言っているのか、聞きたいところである。

また、「近衛文磨も、皇道派に大分吹き込まれていた」とも言っている。

高橋正衛が二・二六真崎首謀説、組閣説を臆測で書いた如く、半藤氏は思い込みで述べ、昭和史研究家としては責任を問われるであろう。

Takashi
近衛上奏文と皇道派(一)の続きです 。

近衛上奏文と皇道派(三)に続く・・・。

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近衛上奏文と皇道派  2009.02.24

近衛上奏文と皇道派

コメント 4   
第19120号 國民新聞 平成18年12月25日(月曜日)
近衛上奏文と皇道派
二・二六事件研究家 山口富永

このところ、ようやくマスコミの中にコミンテルンの戦争責任を告発する動きが見られるようになった。

平成五年五月の「文藝春秋」や「正論」はその一例である。

昭和史研究家といわれている數氏の対談(「文春」)を見ると、「日本敗れたり」の中で、上奏文をとりあげ、皇道派についても従来の見方を変えた発言もある。

これまで、この上奏文は、一つの陰謀史観として扱われてきたようで、正当視されないものだった。

軍の中枢に共産分子がいるという内容が、まさかそんなことがというところからのものか、また戦後のマスコミの中に、この軍中枢との関係にある人が多く存在していることによるものか、とにかく日の目を見ないものであった。

かつてのアメリカの「赤狩り」といわれたマッカーシズムと、重ね合わせてのことであるのかとおもえる。

しかし、このマッカーシズムは、今日では、事実とされている。

アメリカの人脈に″赤″があったことは明確に検証されている。

最近になって、毛沢東の虚像をあばいたユン、チアン共著『マオ』なども出版されているが、いよいよ、日本軍部へのコミンテルンによる工作の実体を明らかにする秋ではないか。

京都大学の中西輝政教授は「コミンテルンの日本軍部への工作問題は今後の研究の大きなフロンテアとなるとおもう」と、「文春」の対談の中で述べているが、この近衛上奏は、さしあたりもつともよい教科書ではないだろうか。

『昭和史の証言---真崎甚三郎---人・その思想』は、昭和四十五年に出版した筆者の小著であるが、真崎側からのものとして、あまり世に認められなかったようである。

だが、五十七年に『真崎甚三郎日記』を数名のチームと共に刊行した東大の伊藤隆名誉教授は、同著の巻頭「はじめ」に、拙著を挙げて次のように述べている。

皇道派とか、真崎という人々についてのマスコミでの動向を知る上での参考になると思いここに転与する。

「現在までのところ、真崎甚三郎については本格的に編集された伝記はないが、真崎の略伝、評伝、人物評といったものは戦前から割合多く公刊されている--」として、松下芳男、前田節雄、山浦貫て亀井貫一郎緒氏らの書いたものを挙げた。

続いて「戦後まとめられた伝記としては、一つは山口富永『真崎甚三郎--人・その思想』でこれには岩淵辰雄の他、本日記にしばしば登場する島野朗、清水謙一郎が序文を書いている。

内容的には、真崎の教育総監罷免から、二・二六事件前後の時期を中心にとり上げ統制派こそが太平洋戦争に導いたのであって真崎らはその犠牲者であったとしている。

---すでに戦争末期に現れた論理を「皇道派史観」というならば山口のものはまさにそれである」と。

次に、「このような真崎に好意的のものに対して」として、田々宮英太郎や高宮太平氏らの著書を挙げている。

高宮太平の『昭和史の将師』(昭和四十六年刊)には、「真崎を二・二六事件の黒幕、青年将校への裏切者、反動的な対外進出者として描いている」と述べ「多くの昭和軍閥史の叙述の中ではむしろこうした真崎像の方が優勢であるといってよい」と。

このような空気が戦後マスコミの中での真崎像であろうが伊藤隆氏はこれについて、「しかし、統制派、皇道派の両者の立場をはなれた人々によって、昭和史を見ている人々もいる」として『二・ニ六事件』の著者である高橋正衝氏や、秦郁彦氏らを挙げている。

しかし、筆者はこれを鵜呑みにすることができないのである。

むしろ、これらの人の見方こそが、昭和史を誤らしめているのであるとすらおもう。

筆者は昭和六十三年に、NHKが特集番組として放映した「歴史はそのとき動いた、二・二六事件---消された真実」を見た機会に、高橋正衝氏と二・二六事件の最後の生き証人ともいえる末松太平氏の立合のもとで二・ニ六真崎首謀説、真崎組閣況について対決した。

NHKの放送にあたってこの説を、沢地久枝氏やディレクターの中田整一氏らに示唆したことを知ったからである。

このとき、高橋氏は「真崎組閣説は、私の推測であって事実ではない」と言った。

この後に、筆者は小著、『二・二六事件の偽史を撃つ』(国民新聞社刊)を出したが、このいきさつは詳しく述べておいたつもりである。

また、秦氏の真崎観についてもあまりにも見当外れのものとおもい、同著の中に「敢えて問う秦郁彦の真崎観」も述べておるものである。

人はそれぞれではあろうが。「支春」の対談に、加わっている、半藤一利氏や保坂正康氏らの今後の見解を筆者は見守りたいとおもう。

日本は大正末期から、コミンテルンの謀略の対象に晒され、日支事変後はナチスの謀略の対象となり、これらによって日本における全体主義思潮を煽り立てられたのであるが、ナチスの手先と思われていたゾルゲ、尾崎秀實が結局はコミンテルンの手先であったのである。

これらの思想が軍に浸入することを最も憂えたのが、皇道派であり、中心人物としての真崎は国軍を守ろうとしていたのである。

全体主義を日本精神であるとした統制派によって、日本はあの戦争にひきずりこまれたのである。

これと闘った皇道派の思想、戦略が昭和史の上に正しく検証されない限り、真の戦争責任を検証することはできない。

近衛上奏文の筆者は岩淵辰雄である。

近衛公を説き、小畑敏四郎中将を説き、吉田茂氏を説き、陛下への上奏を成したこの動きの中心は、岩淵辰雄氏の捨て身の工作である。

昭和十五年、憲兵隊に拘引されて自殺したイギリスのスパイ、コックスの手帳の中に、「日本の大官、顕官をすべて因にすることができたが、陸軍の真崎のみは梃子でも動がなかった」と記されていたという。

「此の一味を一掃し軍部の建て直しを実行することは共産革命より日本を救う前提条件なれば非常の郷勇断をこそ願わしく存じ奉り候」と、上奏文の末尾に述べている。

皇道派の真崎甚三郎による粛軍の御勇断を、陛下に求めてのものであった。

だが「真崎は二・二六の責任者でありますから」という木戸内大臣の進言によって陛下に容れられるところがなかったのである。

Takashi
「近衛上奏文と皇道派」は、まだ連載が続いているのですが、これから掲載していきたいと思います。
現在の陸自にも共産主義者が多数存在するそうですが、大丈夫なんでしょうか?

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近衛上奏文と皇道派  2009.02.23

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