第19128号 國民新聞 平成19年10月25日(木曜日)「慰安婦謝罪」否決−豪上院オーストラリアの上院で九月十九日、野党・労働党議員が提出した
「慰安婦問題で日本に公式謝罪を求める決議案」
が賛成三十四、反対三十五で否決された。
一方、二十日に賛成多数で可決された与党・自由党が提出した決議案は
「日本は戦後、過去の行為に対する償いを行い、世界の平和と安定に寄与してきた」
「河野談話を歴代の内閣も継承してきた」と日本の取組みを評価した。
●Takashi
慰安婦といえば「強制連行された!謝罪せよ!賠償せよ!」という朝鮮人の証言者ばかりが取り上げられ、日本人の元慰安婦の証言はほとんど紹介されませんね。
中村粲先生が集められた元慰安婦の証言を一部紹介します。
その証言集は國民新聞の平成19年4月25日号で紹介されていたのですが、長文なので省略します。
これはソ連が入つてきた時のことです。
「家を釘づけにして、女達は髪を切りズボンをはき、髪に煤を塗り、父さん(経営者)は品物に目をくれるのではない。生きて帰ることだけを考へろと指図してゐるところへ、兵隊さんが駆けつけてこられました。
兵隊さん達が守つてくれなかつたら、どんなに私達がお国のためにと思つても生きていけるところでないのです。
最前線は危険だ、退け、
といはれても、旧式統一丁で東方靜謐とやらの命令を守つて応戦もしない、まぢめで純な兵隊さん達を捨てて我が身の安全を考へるほど
私達は情無しではありません。
内地にゐる時、既に水商売にゐた私達です。良家の奥さんもお嬢さん達も身分のへだてなく国に一身を捧げる非常時に、卑しい私達に何が出来ませう。
どうせお国のために役立つなら体を捧げることで兵隊さんの勇気を湧かせ、慰め励ますことで国を守つて下さる活力が湧く、それが卑しいといはれる私達にできる唯一の御奉公と思つてきました。
身の危険を感じたことも再三ござゐましたが、兵隊さんをみてご覧なさい。
死ぬとわかつた所でも命令とあらば出ていきます。
さうした姿をみるとまるで母親にでもなつたやうな、妻のやうな心にもなります。どうして捨てて退却などできませう。
砲弾運びもし、包帯巻きも、何でもやらう。
そして死ぬ時は一緒だと覚悟はできてゐました。
無防備に近い兵隊達は自分の命を捨てながら私達を守つてくれようとしました。
牡丹江方面に行つた筈のソ連兵は思つたより早く引き返してきましてからの残虐ぶりは女とみれば子供でも犯します。既に息絶えた死体を情容赦なく銃剣で突きまくる女兵は腰のマンドリン(小機関銃)を撃ちまくる。
どうせ殺されるなら夫とも我が子とも愛人とも思つてきた兵隊の仇を討たうと思ひまして私の体に乗つてくるソ連兵に身を委せながら拳銃の筒先を胸先に当てて引金を引いてやるとピュッと血が出ます。
その血を浴びて傍の死体の下にもぐりこみながら生きて帰つてこの様子を知らせてやらうと決心して落着いてながめてゐました。幸ひに私の上の死体は何度も突かれましたが、私にまでは届かず、私の全身に浴びた血が死んだものと思ひ足蹴にして試さずお蔭で私は助かりました」。
こんなふうな述懐があるわけです。つまりソ連兵が来た時にソ連兵に犯されながらピストルで撃つて自分は九死に一生を得た。山陰地方出身の方で、その村からは二人慰安婦に出たさうですが、村では判つてゐたやうですが、非常に暖かく
「苦労なさつた」といつて迎へてくれたと、かういふことでした。
●Takashi
このような立派な元慰安婦の証言もメディアは取り上げるべきです!
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